日本での6年間を経て、「もう一度、自分の力を試したい」
―まず、オーストラリア留学前のご経歴について教えてください。
日本では、ベンチャー気質の高いHRコンサルタント・組織開発の事業会社に約6年間勤めていました。
最初の3年間は、コンサルタント、カスタマーサクセスとして、クライアントに伴走しながら、新卒採用支援部署の組織改善やセールス・サクセス業務を担当していました。
後半の3年間は、コロナ禍によって営業手法を変える必要に差し迫られ、マーケティング部署の立ち上げ・運用に携わりました。
新卒採用のコンサル商材、360度サーベイなどの商材を扱いながら、コンテンツマーケティング、デジタルマーケティング、PR全般を経験し、大幅な売上向上にも貢献しました。
こうした実務経験を通じて、「どんな環境でも問題解決ができる考え方」を身につけることができたと思います。
―そこから、なぜ海外留学を決意されたのでしょうか?
日本で一定の成果を出して、自力で動けるようになったからこそ、慣れ親しんだコンフォートゾーン、安全圏を離れて、全く違う新しい土俵でもう一度自分の力を試したいと思ったからです。
当時は英語が全くできなかったのですが、ゼロから海外の大学院に入り直して、ネットワークを広げるという厳しい挑戦を選びました。
5歳のオーストラリア滞在が、留学の原点に
―数ある国の中から、オーストラリアを選んだ理由は何だったのでしょうか?
5歳のときに、半年間オーストラリアに滞在した経験があり、それが実体験として深く残っていました。
当時、現地でポケモンブームが起きていて、持っていったポケモンカードをきっかけに、学校、キンダーガーデンで一躍人気者になったんです。
そのときに感じた現地の人たちのフレンドリーさや、「人は信じられるものなんだ」と感じた経験が、自分の人間関係やネットワークを広げていく原点になっていました。
そのため、キャリアの節目で「いつかオーストラリアにまた戻りたい」という強い思いがありました。
「マーケティングを、実践だけでなく体系的に学びたい」
―なぜMaster of Marketingを選んだのでしょうか?
事業会社で3年間マーケティングを経験して、その面白さを実感していました。
ただ、それまでのマーケティングは独学や実践ベースだったので、戦略や理論などの基礎を体系的に固めたいと思いました。
また、自社商材であるB2Bマーケティングだけではなく、B2Cや他業界の幅広いマーケティングについても知りたいと思っていました。
さらに、現地での就職活動や将来のキャリアを考えたときに、大学院の修士号、つまり学歴そのものが一つの信頼、クレジットになると考えました。
―その中で、なぜUTSを選んだのでしょうか?
卒業後は現地就職を前提としていたので、求人や仕事の機会、ジョブオポチュニティが多いシドニーなどの都市部にある大学を最優先しました。また、奨学金を得られたことも理由の一つです。
オーストラリア全土の大学情報をマトリックス比較表にまとめて、AIも活用しながら総合的に分析しました。
最終的にはウーロンゴン大学とUTSの2択になり、都市部の就職機会の多さからUTSを選びました。
MBAの授業に飛び込み、3回も受講した「スタートアップ/アントレプレナーシップ」
―Master of Marketingでは、どのようなことを学びましたか?特に印象に残っている科目はありますか?
一番興味深かったのは、マーケティング専攻の枠を超えて、他メジャーから自主的に履修した「MBAのスタートアップ/アントレプレナーシップ科目」です。
あまりにも面白くて刺激的だったので、セメスターを変えて計3回受講しました。
―具体的には、どのような授業だったのでしょうか?
1セメスターをかけて、事業構想から、インタビュー調査、課題発見、プロトタイプ開発、そしてアルムナイ、つまり卒業生投資家へのピッチプレゼンまで行う、かなり実践的な内容でした。
特に熱中したのが、「国際的なプロフェッショナル向けにユーモアをコーチングするAIアプリ」という事業構想です。
オーストラリアでは、リーダーシップの要素としてユーモアが重視されるという点に着目しました。
そこで、文脈、CRMを記憶して、AIがその場に合ったユーモアを提案するアプリのプロトタイプを作りました。
3分間のピッチプレゼンに向けて、夜中4時まで図書館にこもって練習しました。
その結果、卒業生投資家やクラスメイトから「一番良かった」と最高評価をもらうことができました。
―そのプロジェクトでは、苦労したこともありましたか?
授業が終わった後も事業化を目指して、オークランド大学で17年間ユーモアを研究している教授にオンラインで直接インタビューをしました。
そこで、「ユーモアはその場にいて生み出すものであり、AIでは解決できない」と厳しく指摘されました。
それは大きな精神的ショックでした。
ただ、諦めたわけではなく、将来的には形にしたいと考えています。
「信頼ゼロ」から、自分でキャリアのカードをつくる
―留学生活を通して、一番自分が成長したと感じるところはどこですか?
一番成長したのは、
「ゼロから自ら行動して、実績、つまりキャリアのカードを獲得し、それを次の機会へつなげていく構築力」だと思います。
日本では、前職の企業の看板や信頼がありました。
でもオーストラリアでは、過去にどんな実績があったとしても、現地での経験、プロファイルがなければ、「信頼ゼロ」の状態からのスタートでした。
だからこそ、「無給でも働きます」「雇わない理由がない状態を作る」という強いマインドで、自分から機会を作り出して、成果を出して、信頼と実績を積み上げていきました。
―具体的には、どのように仕事の機会を作っていったのでしょうか?
参加したかった団体のチェアマンに直接会いに行くために、フォーマルなドレスコードのイベントに、スニーカーで突撃訪問したことがあります。
会場の前で戸惑っていたところを助けてくれたITコンサルタント会社の方と縁ができて、そこから、自分が日本でやっていた教育コンテンツマーケティングの経験を買ってもらい、契約を獲得しました。
最終的には、契約業務や手伝いなども含めて、最大で同時に5つの仕事やプロジェクトを掛け持ちしながら、実績を築いていきました。
一番苦労したのは、やはり「英語の壁」
―留学中、一番苦労したことは何でしたか?
一番苦労したのは、やはり言語、英語の壁とコミュニケーションです。
日本での実務経験や、自分のアイデアには自信があるのに、拙い英語のせいで、相手に100%スムーズに伝えられないという悔しさや、もどかしさを日常的に感じていました。
ミーティングで「言いたいことが分からない」と言われることもありました。
また、背景や文脈、コンテキストの違いから、相手の意図を50%程度しか理解できないまま、物事を進めなければならないという葛藤もありました。
―その壁を乗り越えるために、どのような工夫をしましたか?
言葉だけでは伝えきれない部分については、事前にドキュメント、書面を作成して共有したり、補足したりしました。
また、日本語を学んでいるローカルの友人に頼んで、ミーティングでうまく表現できなかったシチュエーションを、友人に上司役になってもらって、ロールプレイングを繰り返しました。
「完璧な英語」だけが、人とつながる方法ではない
―今回の留学で、一番のハイライト、印象に残っている出来事は何ですか?
一番のハイライトは、スタートアップ科目で行った
「ユーモアAIアプリの3分間ピッチプレゼン」です。
クラスで最も高い評価と反応を得られたことが、一番印象に残っています。
―なぜ、その出来事が特に印象に残っているのでしょうか?
MBAコースに一人だけ飛び込んだので、最初はアウェイ感や心の距離を感じていました。
しかも、英語力もクラス7人の中で一番下でした。
そんな中で、夜中4時まで図書館で猛練習してピッチに臨みました。
そして、そこで絶賛されたことで、クラスメイトとの距離が一気に縮まり、仲間として認めてもらえたように感じました。
その経験から、
「完璧な英語力だけではなく、良い提案や面白いアウトプットを作れば、人と深くつながることができる」という原体験を得ることができました。
それは大きな自信につながりました。
UTS卒業後、Microsoftシドニー本社へ
―卒業後、現在はどのような仕事をされていますか?
2026年6月に大学院を無事卒業して、グラデュエーションビザ(485ビザ)を取得しました。
現在は、Microsoft(マイクロソフト)のシドニー本社で、
「マーケティングコーディネーター(Japanese Speaker)」としてフルタイム採用が決まっています。
リクルーターからLinkedInを通じて直接スカウト、DMが届いて、面接を経て内定しました。
学生時代に泥臭く獲得してきた「キャリアのカード」、つまり実績が、ここで実を結んだと思います。
仕事では、Microsoftの広告、アドバタイジングのプロダクトを担当します。オーストラリア市場と日本市場のコーディネーターとして、日本のチームとも連携しながら、プロダクトを日本市場などへ展開していく役割を担います。
オーストラリアで感じた「コラボレーション」の文化
―オーストラリアで学び、働いたことで、働き方についての価値観は変わりましたか?
コラボレーションを前提とする文化について、日本との違いを感じました。
オーストラリアでは、個人が主体的にキャリアを築きながら、他者とも柔軟にコラボレーションして、プロジェクトを進めていく文化があると感じています。
一方で、日本では組織の境界を越えた連携よりも、社内での完結と調整を重んじる傾向 という違いを感じました。
また、スピード感や個人の権限も違うと感じました。
一人あたりの責任や権限が大きく、細かい事前のお伺いをするよりも、まずアウトプットを出して確認するというスタイルなので、仕事のスピードが速いです。
さらに、個人間のメンターシステムにも感銘を受けました。
会社単位ではなく、個人同士でメンター・メンティーの関係を作り、ネットワークを広げながら、お互いに還元していく仕組みが機能していると感じました。
―ワークライフバランスについてはいかがですか?
オーストラリアでは金曜日は16時頃に仕事を切り上げてプライベートを楽しむなど、仕事と同じくらいプライベートの時間や家族を大切にする文化があります。
プライベートの都合についても、お互いに尊重し合える環境に魅力を感じています。
私は休日にブルーマウンテンなどの自然に出かけたり、大好きなサウナに行ったり、友人たちとBBQをしたりしています。
オーストラリアならではの自然や、友人たちとの集まり、ギャザリングを楽しみながらリフレッシュしています。
これから目指すのは「日豪の架け橋」
―今後、どのようなキャリアや人生を歩んでいきたいですか?
Microsoftシドニー本社で勤務する一方で、現在、オーストラリアを拠点に、日本とオーストラリアのイノベーション・スタートアップ分野をつなぐ「日豪の架け橋」となるコミュニティ/メディアを、チームで立ち上げています。
実践者(プラクティショナー)にフォーカスして、日豪のイノベーション案件やコラボレーション事例を紹介するメディアを開設し、将来的には、実際の共同プロジェクトやプログラムを生み出すエコシステムを作りたいと考えています。
今は「修行期間」として、キャリア構築に全力を注ぎたいと思っています。
「あのとき挑戦しておけばよかった」を残さないために
―これからオーストラリア留学を目指す方に、メッセージをお願いします。
後から振り返って、「あのとき挑戦しておけばよかった」という後悔を残したくないのであれば、絶対に挑戦すべきだと思います。
安定したコンフォートゾーンを脱出して、現地で実績もお金もない、いわば「崖っぷち」の環境に身を置くことで、行動せざるを得なくなります。
そして、そこを乗り越えたときの成長や達成感は、格段に大きいと思います。
後から自分の人生を振り返ったときに、「あのとき、あんなに泥臭く頑張ってたんだよね」と笑って語れるようなストーリーを作りたいと思う人なら、自信を持って一歩を踏み出してほしいです。
スタッフからのコメント
授業の枠を越えて新しいことに挑戦し、仕事やプロジェクトの機会も自らつくり出すなど、持ち前の行動力で留学生活を切り拓いていったM.N.さん。
無事にMaster of Marketingを卒業し、これからはいよいよシドニーでの新しいキャリアが始まります。
これまで積み上げてきた経験やつながりを活かしながら、オーストラリアと日本をつなぐ新たな活動にも取り組んでいるM.N.さんが、これからどのようなキャリアを築いていくのか、私もとても楽しみにしています。
これから始まるシドニーでの新しいキャリアが、これまで以上にたくさんの出会いや挑戦につながっていくことを願っています。ぜひ自分らしく、一歩ずつ新しい道を切り拓いていってください。
これからのさらなる活躍を、心から楽しみにしています。