| +++Wakoさんの留学プラン+++ |
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日本の高校を通信制で履修(スイス・ロシアへバレエ留学)
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2020年
コロナ禍により帰国後、バレエから幼児教育への転身を決意・英語の学習を開始
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2021年3月
ACU Foundation Studies(オンライン)を受講
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2022年2月
ACU Bachelor of Early Childhood Education(4年制)に入学・渡豪
※大学の「スチューデントメンター」として活動、オンライン英会話講師などを経験
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2025年11月
Bachelor of Early Childhood Education 修了・卒業
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2026年初旬
近隣のプレスクールにて副担任を経て現在「担任」として勤務 |
バレエ一筋の道から幼児教育へ――コロナ禍で迎えた人生の転換点
ー 長年目指していたバレエの道を離れ、海外の大学への進学を決意されたきっかけを教えてください。
16歳からスイスのバレエ学校へ留学し通信制高校を履修した後、ロシアでも練習を重ね、将来はプロのバレエダンサーを目指していました。

ですが、2020年に新型コロナウイルスの世界的大流行が発生し、空港が閉鎖される直前にギリギリで帰国を余儀なくされました。
過酷な体重制限や栄養失調、激しい腰痛により心身ともに限界を迎えていた中で、「ここまで無理をしてバレエを続けるべきなのか」という疑問を抱くようになりました。
そんな中、コロナ禍において命がけで働く医療従事者の姿を目にし、幼少期から「人の役に立つことが好きだった」自分を思い出して、社会や人に直接貢献できる仕事に就きたいという強い思いが芽生えました。また、ロシア滞在時の語学の先生から「あなたは勉強が得意だから進学した方がいい」と勧められたことも大きな背中を押してくれました。
これまでは親の意見に従うことが多かった人生でしたが、初めて自分の意思でバレエをやめ、新たな学びの道へ進むことを決めました。
日本の大学に入るために受験テストのためだけの勉強を1からやり直すのではなく、入学してから自分のやりたい専門分野を徹底的に追求できる海外大学の学習環境に何よりも強い魅力を感じ、大学留学を決意しました。
ー 数ある分野や国の中から、オーストラリアのACUで幼児教育を専攻された理由は何ですか?
専攻選びに悩んでいた際、幼少期から年下の子どもの面倒をよく見ていた私の性格を知っていた母から「幼稚園の先生が向いているのではないか」と勧められ、とてもしっくりきて即決しました。
留学先として当初はイギリスやヨーロッパも検討していましたが、時差や安全面を心配した家族の勧めもあり、家族旅行で馴染みがあり時差も少ないオーストラリアを選びました。

大学を調べる中で、幼児教育分野で非常に高い評価を得ていたACUの存在を知りました。他大学も検討しましたが、メルボルン校に幼児教育のバチェラー(学士)課程がしっかり用意されていることや評判の高さから、ACU一本に絞って出願を決めました。
試練を乗り越えて築いた、本科へつながるファンデーションコース
ー 本科(Bachelor)に進学する前のファンデーションコースで苦労したことはありますか?
2021年3月から1年間、ACUのファンデーションコース(Foundation Studies)を日本からオンラインで受講しました。クラスには日本人が一人もおらず、周りは英語が流暢な留学生ばかりで、当初は完全に取り残されている感覚がありました。また、通信制高校出身で英語での本格的な学習経験も少なかったため、スタート時は非常に苦労しました。
特に苦戦したのが数学です。日本の学校とは異なり海外の関数電卓を使った授業についていけず、使い方も分からなかったため、税理士である父に付きっきりで教えてもらいながら、泣きながら宿題に取り組む日々でした。
また、プレゼンテーションの課題では緊張のあまり、発表が終わった瞬間に画面越しで号泣してしまったこともあります。それでも先生が優しく声をかけてくださり、手厚いサポートを受けながら徐々に恐怖心を克服していきました。
ー 苦労を重ねたファンデーションコースでの経験は、その後の本科での学びにどう活きましたか?
実は、英語力をもう少し高めれば直接本科(Bachelor)へ進学する選択肢もありました。しかし、自分自身の英語力やアカデミックな基礎に不安があったため、あえて1年間のファンデーションコースを経由する道を選びました。結果として、この選択は大正解だったと感じています。
この1年間で徹底的にたたき込まれたアカデミックライティングや、適切な引用(Referencing)のスキルは、本科に進学した後に最大の強みとなりました。
現地オーストラリア人の学生たちでさえ引用表記に苦戦する中、私はファンデーションコースで基礎を完全にマスターしていたため、初めてのエッセイ課題も迷うことなくスムーズに進めることができました。英語力自体もこの1年間で飛躍的に伸び、本科での学びへ向けた揺るぎない土台を築くことができました。
学びと実践がカタチになった4年間――仲間とともに乗り越えた課題と実習
ー メルボルンでの暮らしやACUの第一印象はいかがでしたか?
ACUのメルボルンキャンパスは一見オフィスビルのようなコンパクトな造りですが、学部ごとに建物がまとまっていて図書館も近く、移動しやすくて非常に学びやすい環境でした。

また、メルボルンは世界中の料理が楽しめて住みやすく、治安も良いのが魅力です。ヨーロッパ留学時代と比べても日本と大きくかけ離れている感覚がなく、アジアのご飯も手軽に食べられるため、海外に住んでいることを忘れるほど心地よく過ごせました。
ー 本科での授業や課題で、印象に残っていることや苦労したことを教えてください。
1年目は「教育心理学」などの難解な専門書を読むのに苦しみ、周りのほとんどがネイティブ学生だったこともあり、ついていくのに必死でした。それでも学年が上がるにつれて打ち解け合える友達ができ、講義の理解もどんどん深まっていきました。特に、南アフリカ出身の教授によるアートや音楽、ドラマを通じた指導法など、実際に身体を動かしながら学べる実践的な授業はとても楽しかったです。

一方、課題の量は凄まじく、寝る直前まで頭から離れず夢にまで出てくるほど常に考え続けていました。
評価方法が合格(Pass)か不合格(Fail)のみだった最終学年の「Effective Teaching」という最難関ユニットでは、実習現場でオーストラリアの保育フレームワークに基づく「プランニングサイクル(観察・分析・計画・実践・評価)」を実践し、約5,000字のレポートを作成して見事満点評価を獲得できました。
苦手な数学の科目などもありましたが、わからないことは教授へメールや対面で積極的に質問し、バレエで鍛えた根性と粘り強さで一度も課題を落とすことなく乗り切ることができました。
ー 実習先の多文化な環境で、コミュニケーションにおいて心がけていたことはありますか?
現場では多国籍な子どもたちやスタッフと過ごし、イスラム教徒の子どもには豚肉を出さないといった食事の配慮など、文化的な違いに触れる機会も豊富でした。
オーストラリアは多様なバックグラウンドを持つ人々に囲まれるのが当たり前の社会です。お互いの文化を尊重し合う土壌があるため、日本人の気遣いや相手を思いやる気持ちがあれば、問題なく円滑な関係を築くことができました。
ー 実習を経験する中で、どのような気づきや成長がありましたか?
ACUでは大学側が実習先を手配してくれ、4年間のうちに計4か所の施設で6ユニット分の実習を行います。毎回異なる環境や年齢層を経験できるようルールが決まっており、さまざまな現場を体験できたことが大きな気づきに繋がりました。
実習期間中は、毎日約8時間(実質フルタイム)の現場勤務に加え、帰宅後も毎日3時間ほど観察記録やプロジェクトの準備に追われる非常にハードな日々でした。
しかし、そのハードな経験があったからこそ、大学で学んだ理論が現場でどう活きるかを肌で実感できました。現場の先生方の指導や子どもたちとの関わりを通して得た知識や実践力は、プロの「Teacher」として働く現在の確かな土台と大きな成長(自信)になっています。
ー 学業以外に取り組んだ活動や、活用してよかった大学のサポートについて教えてください。
大学2・3年目には、選考を経て「スチューデントメンター」として活動しました。

現地新入生や留学生を対象にオリエンテーションでの発表や、約3時間に及ぶキャンパスツアーの案内(最後は声がガラガラになるほどでした!)、レポートの引用方法のアドバイスなどを行いました。普段出会えないような仲間とつながることができ、大学生活を全力で満喫するきっかけになりました。

また、学習面ではACUが提供する24時間対応の英文添削サービス(提出から数時間でフィードバックが届きます)や、ライブラリーの各種テンプレートをフル活用して効率的に課題を進めました。
生活面でも学生寮(Iglu)に滞在したことで多様な国籍の友人に恵まれ、かけがえのないパートナーとの出会いもあり、公私ともに最高の4年間となりました。
エレベーターでの運命的な出会いから、念願のプリスクール「担任(Teacher)」へ!
ー 卒業後に現地のプリスクール(幼稚園)で働くことになったきっかけを教えてください!
今の職場との出会いは、本当に偶然の出来事から始まりました。引越した先のアパートのエレベーターでたまたま出会った近所の子どもたちが、私にすごくニコニコしてくれたんです。それを見たお母さんから「ベビーシッターをしてくれない?」と声をかけられたのが始まりでした。

その後、私が大学で幼児教育を学んでいることを知ったそのお母さんから、「うちの子が通うプリスクールに応募してみたら?」と勧めてもらい、応募を決意しました。面接を受けると園のボス(採用担当者)が私のことをとても気に入ってくださり、無事に採用が決まりました。
ー 採用後はどのようなお仕事からスタートし、どうやって「担任」へと昇格されたのですか?
最初は副担任(Educator)としての契約とあわせて、11の幼稚園を統括するヘッドオフィスでのインターンシップを兼任する形でスタートしました。さまざまな園のサポートをしながら経験を積んでいたところ、当時の担任の先生が体調不良で急遽退職することになったんです。
私がピンチヒッターとして仮でクラスに入っていた際、子どもたちや保護者の方々からの評判がとても良く、「しっかりとクラスを運営できている」と評価していただきました。その実績が認められ、ボスやマネージャーから『この人なら任せられる』と信頼していただき、正式に正規の『担任(Teacher)』へと抜擢していただきました。
学士(Bachelor)を掴んだからこそ見えた、自分らしく輝ける保育の現場
ー オーストラリアの保育現場におけるTeacherとEducatorの違いや、担任になってからのやりがいについて教えてください。
オーストラリアでは、大学卒の教員資格を持つ「Teacher」と、ディプロマ資格などの「Educator」で役割や給与、責任の重さが明確に分かれています。
担任である「Teacher」は、毎日のカリキュラム設計からクラスの遊びの計画、行事の実行、保護者対応、そして最終的な意思決定まで、すべての責任を担います。
朝7時45分に出勤して準備をし、子どもたちと全力で向き合う日々は体力的にも大変ですが、大学で学士を取得していたからこそ掴めた大きなチャンスでした。自分の企画した学びで子どもたちが成長していく姿を間近で見られることに、大きなやりがいを感じています。
ー オーストラリアの幼児教育ならではの特徴や、現場で感じる日本との違いを教えてください。
オーストラリアの幼児教育は「遊びベース(Play-based learning)」の教育フレームワークが徹底されているのが大きな特徴です。大人が一方的に教え込むのではなく、子どもの意見や興味を尊重してプログラムを組み立てていきます。また、先住民族の歴史や文化への敬意(Acknowledgement of Country)を日常的に取り入れるなど、多文化社会ならではの学びも根付いています。

さらに、障害や発達上の特性を持つ子どもたちを特別扱いして分けるのではなく、視覚サインや環境調整を通じて一人ひとりのニーズに応え、当たり前に同じクラスで一緒に過ごす「インクルーシブ教育」が根付いている点も、現場で実感する素晴らしい魅力です。
誰かの意見ではなく自分の意思で! 勇気を持って未来を切り拓く大切さ
ー 今後の目標や、これから留学を目指す皆さんへのメッセージをお願いします!
現在はプリスクールでの担任業務と並行して、オーストラリアでの永住権取得に向けた準備を進めています。

バレエ一筋だった道から幼児教育という全く異なる分野への転身でしたが、誰かに決められた道ではなく「自分で選択し、努力し続けた」という経験が、今の私にとって大きな自信となっています。オーストラリア留学を検討している皆さんも、ぜひ自分の可能性を信じて、勇気を持って一歩を踏み出してほしいと思います!
スタッフからのコメント
いつも絶やさない明るい笑顔と、柔らかい雰囲気の中にとても強い芯を持って学業に励んだWakoさん。今回の現地プレスクールでの就職・昇格も、彼女の持ち前の明るさと諦めない強さ、そして何より子どもたちに対する真摯で熱心な姿勢が実を結んだ成果だと感じています。
オーストラリアの幼児教育留学には、基礎から約2年で実践力を身につける「Diploma(ディプロマ)」から、Wakoさんのように教員「Teacher」を目指して深く修める「Bachelor(学士)」まで、さまざまなステップがあります。
「オーストラリアで保育に関わりたいけれど、どのコースが自分に合っているかわからない」「将来どんな働き方をしたいか迷っている」という方に、ご自身の目指すキャリアや目的に合わせて最適なプランをご提案させていただきますので、ぜひお気軽にご相談くださいね!
